秋山 真之(あきやま さねゆき)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ

1.秋山 真之の掛け軸作品をお持ちで売りたいお客様へ

秋山真之は『坂の上の雲』でも主人公としてとりあげられた近代の海軍軍人です。日露戦争において連合艦隊作戦参謀として功業を成し遂げました。かの正岡子規とは竹馬の友だった真之には書の心得もありました。日露戦争の立役者に数えられる彼の書作品は真贋を問わず、常に一定の需要があります。

このページの目次

2.掛け軸作家「秋山 真之」についての概要

秋山真之は明治期の海軍軍人として日露戦争で際立った活躍を果たしました。特に有名な逸話にロシアのバルチック艦隊せん滅があげられます。日本海軍より「ロシア艦隊を一隻のこらず沈めること」を至上命題として課せられた真之は日本海海戦においてこれを成し遂げ、名参謀として名を轟かせました。一方で幼少の頃は芸術の才能に恵まれ、文学の道を志していた一面もあります。和歌が得意で、同郷の正岡子規とは親友と呼べる間柄でした。

3.掛け軸作家「秋山 真之」の生い立ちや歴史

1868年に松山に生まれた秋山真之は、生家の家計難を理由に寺に預けられかけます。これを止めたのが10歳違いの兄好古でした。兄に生活費から学費まで援助されて育った真之は勉学に打ちこみ、親友の正岡子規と共に上京して大臣を目指します。しかしいつまでも兄の世話になっているわけにはいかないと決心し、1886年に海軍兵学校へ進学、兄と同じ軍人の道を歩みだしました。日清戦争で3人の仲間を失うつらい経験を乗り越え、1905年の日露戦争日本海海戦では連合艦隊の作戦参謀として戦艦三笠に乗艦。当時世界最強と名高いバルチック艦隊を東郷平八郎らと打ち破り、日露戦争の勝利に大きく貢献しました。終戦後は家族との時間を大切にするようになるも、1918年に腹膜炎を患い死去。享年49歳というあまりにも早い死でした。

4.秋山 真之の掛け軸作品の代表作一覧

『坂の上の雲』の影響か、秋山真之の掛け軸は、本業の作家と変わらない値段で取引されることも珍しくありません。高値を狙うならば真作が望ましいですが、贋作でもネットオークションで落札された実績がいくつかあります。掛け軸自体の状態や付属品も査定において大切なポイントです。

代表的な掛け軸作品の査定ポイント
  • 秋山真之本人の署名が残されているか
  • 欠けやシミなどの傷・汚れはあるか(ただし目立つからといって自分で修復しないこと)
  • 掛け軸そのものを構成する素材の種類
  • 付属品があればすべて作品とまとめる(真贋判定の貴重な資料となるため)
  • 秋山真之の作品だと保証する正式な鑑定書もしくは証明書の有無

5.秋山 真之の掛け軸作品の買取査定ポイントのご案内

秋山真之の書作品は模写品でも高い人気があり、査定額も高く見積もられやすいです。真作としたものならば『山雪几香落爐寒』が「本紙サイズ42.5cm×30cm」のほか、作品状態について説明が一切ないにもかかわらず38,000円で落札されました。『山静如太古日長以似少年』(掛軸192cm×46cm、本紙120cm×32.5cm)は模写を謳ったうえで「軸先骨に傷み、シミ、折れ等有り、片方軸先がありません。」とけっして優れているとはいえない状態だと説明を付け加えたうえでなお71,000円で売買成立したことがあります。どちらの作品も真作ではないうえに状態の不備が見受けられ、本来ならば査定額に響くと考えられます。それでも高い買値がつくのが秋山真之の作品といえるでしょう。

6.秋山 真之の掛け軸作品の取引相場や取引参考価格

掛け軸作家としての秋山真之は、真贋にこだわらない買い手が多くついているといえます。明らかに署名が確認できず鑑定書もないという状態でも、作品をお持ちでしたら是非一度、査定のプロにお任せください。また真作とはいえない作品でも数万円で落札されていることを鑑みれば、紛れもない秋山真之本人の真作の場合、さらなる高値も期待できます。

7.秋山 真之の掛け軸作品の買取についての情報まとめ

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