端館 紫川(はしだて しせん)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ

1.端館 紫川の掛け軸作品をお持ちで売りたいお客様へ

端館紫川は1855年伊勢国宇治山田に生まれた日本画家です。本名は佐太郎。喜多村豊景や川端玉章に師事し、東京美術学校の教授や川端画学校の教授を務めました。正派同志会の創設にも携わり、内国勧業博覧会や皇居の造営などで活躍した人物です。高い画技により描かれる山水画や花鳥画は、円山・四条派の伝統を受け継ぎ繊細で緻密かつ、美しい描写で高く評価されていますが、現存作品が少なく、真作であれば高い査定額がつく可能性もあります。

このページの目次

2.掛け軸作家「端館 紫川」についての概要

端館紫川はフェノロサの鑑画会や内国勧業博覧会などで活躍した人物で、文展旧派の画家が集まって結成された正派同志会の創設にも携わっています。第4回内国勧業博覧会で褒状を受けたり皇居の造営に参加したりと、多くの実績を残しました。山水画や花鳥画を得意としていて、川端玉章に学んだ円山・四条派の画法で、高い描写力と緻密で繊細な筆勢が高く評価されています。その作品は今も多くの人を魅了しています。

3.掛け軸作家「端館 紫川」の生い立ちや歴史

端館紫川(本名は佐太郎)は1855年伊勢国宇治山田(現在の三重県伊勢市)に生まれました。神職の家系に生まれ育ちます。幼少より、同郷の両大神宮御遷宮御図を描いた喜多村豊景に画を学びます。その後東京美術学校の教授を務め、川端画学校を開設するなど後進の育成に力を注いでいた川端玉章に師事し四条派の画を学びます。19歳より伊勢神宮に絵師として勤めて、1885年30歳に上京して精力的に活動し、美術展や博覧会に出展、入選や受賞を繰り返します。1904年より東京美術学校の教授を務め1909年から川端画学校の教授も勤めました。1921年没。

4.端館 紫川の掛け軸作品の代表作一覧

  • 水中群魚(1885年)
  • 闘鶏(1895年)

5.端館 紫川の掛け軸作品の買取査定ポイントのご案内

端館紫川の作品は、評価も高く、人気もあるのですが現存作品が少なく、それゆえに模写作品や肉筆でないものが多く出回っています。肉筆の真作は稀少性の高さからも高額査定が期待できます。

代表的な掛け軸作品の査定ポイント
  • 端館紫川の肉筆・真作作品であるか
  • 傷やシミの有無
  • 共箱などついているか
  • 画のサイズ
  • 署名や印などがあるか

6.端館 紫川の掛け軸作品の取引相場や取引参考価格

真贋鑑定のされていない掛け軸の価格は3,000〜15,000円ほどの値がついています。過去にネットオークションにおいて出品されたものでは、画のサイズが縦180cm幅49cmでしわや折れなどがついているもので、12,500円で取引されていました。

7.端館 紫川の掛け軸作品の買取についての情報まとめ

明治から大正にかけて活躍した端館紫川。円山・四条派の伝統を受け継いだ繊細で緻密な画風が高く評価され今も人気の作家です。現存作品が少ない作家でもあることからその真作となれば、高い査定額がつく可能性も。お手元に端館紫川の掛け軸作品をお持ちの場合には是非一度お問い合わせくださいませ。