小原 鉄心(おはら てっしん)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ

1.小原 鉄心の掛け軸作品をお持ちで売りたいお客様へ

小原鉄心は、幕末から明治期に藩政を主導した大垣藩士です。幕末は新政府に従い、佐幕派が台頭していた大垣藩を説得により翻意させ、尊王派へと主導しました。維新後は、新政府の官職を務めた後に、大垣藩大参事となり藩政に尽力しました。小原鉄心の掛け軸は、ネットオークションでの出品数が少ないため、真作であれば高値が付く可能性があります。

このページの目次

2.掛け軸作家「小原 鉄心」についての概要

小原鉄心は、美濃大垣藩で城代を務めました。一方で、詩文や書画を能くし、江戸後期に活躍した漢詩人の梁川星巌とも交遊がありました。著作に「改革十則」、「錬卒訓語」などを残しています。1900年(明治33年)に鉄心の功績を賞して、息子の小原忠迪に男爵が授けられました。別荘の「無何有荘」は、大垣城内に一部が移築されています。

3.掛け軸作家「小原 鉄心」の生い立ちや歴史

小原鉄心は1817年(文化14年)に美濃大垣藩で代々城代を務めている小原家に生まれました。1832年(天保3年)に家督を相続し大垣藩主の戸田氏正に仕えました。大垣戸田藩は山鹿流兵学が定着しており、鉄心は1837年(天保8年)に山鹿素水から奥秘皆伝を与えらます。城代の任につき、西洋文明の導入や大砲の鋳造など、藩政改革を積極的に行い、「藩老」(藩の老臣)と称され尊敬を集めます。1868年(慶応4年)に新政府で参与に任じられた際に始まった鳥羽・伏見の戦いで、大垣藩は幕府軍として出陣していました。鉄心は新政府の許可を得て大垣藩に帰り、藩論を尊王派にまとめあげます。その後、戊辰戦争では、大垣藩は新政府軍に加わることになります。維新後は御親征行幸御用掛、会計官判事などを歴任し、1869年(明治2年)の版籍奉還で大垣藩大参事に就任しました。

4.小原 鉄心の掛け軸作品の買取査定ポイントのご案内

小原鉄心の真作を保証するものが付いていると査定価格は高くなるでしょう。ほかにも仕立てやサイズ、画題などもあわせて総合的に評価されます。

代表的な掛け軸作品の査定ポイント
  • 小原鉄心本人の作品かどうか(サインや落款が確認できるか、いつの時代の作品であるか)
  • 欠けなどがなく保存状態は良好か(補修せずにそのままお持ちください)
  • 市場価値はあるか(有名作家の作品なら多少劣化していても高値が付きます)
  • 掛け軸の素材の質、種類
  • 付属品の欠けはないか(共箱・共布・栞などが揃っているか)

5.小原 鉄心の掛け軸作品の取引相場や取引参考価格

小原鉄心の掛け軸作品はネットオークションで、真贋不確かなものでも数千円程度から数万円で取引されています。真作を保証する品物であれば高値が付く傾向がございます。『枯木竹石図』という作品では、全体寸縦約207cm×横約64cm、本紙寸縦約125cm×横約49cm、「紙本彩色」、「真作保証」、作品状態は「概ね良好、小ヤケ、小シミ、小オレがあり」とするものが、10,000円で落札されています。

6.小原 鉄心の掛け軸作品の買取についての情報まとめ

小原鉄心は、幕末から明治期に大垣藩政に尽力した人物でした。幕末から新政府に仕え、維新後は新政府のもとで藩政に功績を残しました。小原鉄心の掛け軸は市場で出回っている作品数が少ないため、真作であれば高値が付く可能性があります。小原鉄心の作品を所有されている方は、是非一度査定を検討されることをお勧めいたします。