小茂田 青樹(おもだ せいじゅ)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ

1.小茂田 青樹の掛け軸作品をお持ちで売りたいお客様へ

小茂田青樹は、大正から昭和初期に活躍した日本画家です。17歳で上京後、小茂田青樹は浅草にあった安雅堂画塾に入門し、松本楓湖の門下生となりました。西洋画が持つ写実性に日本画が持つ伝統的な装飾性を組み合わせていかに素晴らしい作品を生み出すかが小茂田の生涯の課題でありました。西洋画と日本画を融合させ新たな画風を生み出したその作品は芸術的な評価も高く、掛け軸や色紙などが高値で査定されることが期待できます。

このページの目次

2.掛け軸作家「小茂田 青樹」についての概要

小茂田青樹の画風は今までにはなかったものでした。その独特な画風で、巽画会展や院展にも入選し高い評価を受けました。第13回巽画会展で出品した作品が富豪・原富太郎の目にとまり、以降は原富太郎から経済的な支援を受けることとなったようです。小茂田青樹の本名は小島茂吉といい、今村紫紅が主宰する赤曜会に参加した際に青樹と号されました。西洋画風の写実性があり、日本画の持つ伝統性も含んだ詩情性豊かな作品は人気が高く、山水や花鳥図はとくに人気の題材です。

3.掛け軸作家「小茂田 青樹」の生い立ちや歴史

小茂田青樹は1891年、呉服商の次男として埼玉で生まれます。17歳の頃に上京し、日本画家である松本 楓湖の隣家に寄宿しました。その縁から安雅堂画塾に入塾し、1913年には第13回巽画会展に出品した作品を原富太郎に買い上げられました。1914年には赤曜会に参加し小茂田青樹という名を名乗るようになりました。1915年、再興院展で『小泉夜雨』が初入選するものの、肺結核を患ってしまい実家で静養することとなります。1918年、第5回再興院展で『菜園』が入選し、さらに1921年には第8回再興院展に出品した『出雲江角港』により横山大観らに認められます。1933年に咽頭結核が悪化し、41歳でこの世を去りました。

4.小茂田 青樹の掛け軸作品の代表作一覧

出雲江角港(1921年)
ポンポンダリア(1922年)
虫魚画巻(1931年)

5.小茂田 青樹の掛け軸作品の買取査定ポイントのご案内

小茂田青樹の作品は独特の画風が特徴のため、彼の作風がよく現れた作品の場合、査定額が高くなる可能性があります。山水や花鳥図は西洋画と日本画を融合させた詩情性のある作風がよく現れていることが多いため、高値の査定がされることも多いです。

代表的な掛け軸作品の査定ポイント

本物の作品であるか
保存の状態が良く、美品であるか
作品の題材が人気のものであるか
署名があるかどうか

6.小茂田 青樹の掛け軸作品の取引相場や取引参考価格

小茂田青樹の作品がオークションで取引されることは少なく、取引相場や買取価格などの情報はほとんどありません。ですが、骨董品店などでは小茂田青樹の作品の買取を積極的に行なっていることからも人気の高さ、価値の高さが伺えます。日本画は高価買取されることも多く、小茂田青樹ほどの人気の画家であれば、出来栄えが良い人気のテーマの作品の場合高値が付く可能性も高いです。

7.小茂田 青樹の掛け軸作品の買取についての情報まとめ

小茂田青樹は西洋画と日本画をうまく組み合わせ独自の画風を切り開いた画家です。数多くの入選歴があり、著名な人物からの評価も受けた人物でした。山水や花鳥などが題材の作品で、さらに落款などがあれば高値の査定も期待できるでしょう。小茂田青樹の作品をお持ちの方はぜひ一度お問い合わせください。

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