大田 南畝(おおた なんぽ)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ
1.大田 南畝の作品を売りたいお客様へ
大田南畝は江戸中・後期の文人です。蜀山人の名前でも知られており、中学校の歴史教科書にもその名前が載っています。大田南畝は身分の低い幕臣として幕府への勤めに励みながら、狂歌師や戯作家または学者として人気を博しました。
このページの目次
2.大田 南畝についての解説
大田南畝は19歳で平賀源内に認められたのち、狂歌・洒落本・黄表紙など各方面で名を上げ、天明文学界のリーダー格となりました。「徳和歌後万載集」の地名を読み込んだ歌「恐れ入り谷の鬼子母神」は現在も親しまれています。寛政の改革により一時文壇を離れますが、その後復帰、江戸文人の代表格としての名声をほしいままにしました。晩年は随筆・考証に業績を残し知識人として認知されました。
3.大田 南畝の歴史
大田南畝は寛延2年(1749)江戸に生まれます。名を亶(ふかし)、通称直次郎、別号に四方赤良、山手馬鹿人、蜀山人、杏花園、寝惚先生など。幼少より学問や文筆に秀でたため、国学・漢学・漢詩・狂詩などを学びました。明和4年(1767)狂詩集「寝惚先生文集」を刊行し狂詩文で名を得ました。天明7年(1787)寛政の改革により文壇を離れ、幕臣として職務に励みます。その後復帰し再び戯文戯作界に重きをなし、漢詩・狂詩文などを多く出版しました。文政6年(1823)享年75歳で死去しました。
4.大田 南畝の代表作
- 寝惚先生文集(1767)
- 万載狂歌集(1783)
- 徳和歌後万載集(1785)
- 杏園詩集(1820)
5.大田 南畝の作品の買取査定ポイント
大田南畝は江戸中・後期に大変人気があった文化人です。狂歌詩・戯作者また学者として多くの作品を生み出しました。しかし時代経過によりイタミ等がある作品が少なくはありません。それゆえに大田南畝の作品の買取査定ポイントは、真に本人の作品である(真作)かはもちろん、作品の状態が非常に重要となります。商品の状態が良質であれば、さらに高額な価格となる場合があります。
代表的な査定ポイント- 真作であること
- 箱の有無
- 本紙の状態(染み、汚れがない)
- 表装の状態(染み、汚れがない)
6.大田 南畝の作品の取引相場価格
大田南畝の作品は、模写では1,000円~15,000円で取引されています。真作であれば3,000円~300,000円で取引されています。模写、真作ともに作品の状態が良好なものであり箱、書類等があるものであれば、先に紹介した金額以上で取引されます。また大田南畝は江戸時代の様々な文化人と交流があり、書家・画家・浮世絵師との画賛としての作品も多くあります。賛書としての作品は、合作となる作者によってはさらに高額となる可能性があります。
7.大田 南畝作品の買取についてのまとめ
大田南畝は狂歌師・戯作者また学者としてマルチな才能を備えた文化人で、江戸の庶民文化を語る上で決し外すことができない人物です。経年により良質な作品は多くはありません。良質な作品が市場に出れば、大きな金額となる可能性があるでしょう。
お手持ちの品物名や作者などご入力し検索をすると、品物の取引相場価格や品物情報などを閲覧する事ができます。