大山 忠作(おおやま ちゅうさく)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ

1.大山 忠作を売りたいお客様へ

大山忠作は1922年福島県に生まれた日本画家です。山口蓬春に師事しました。1973年には日本芸術院賞を受賞。1999年に文化功労者となりました。2006年に文化勲章を受賞。法隆寺金堂壁画再現模写へ参加した画家の一人で、日本芸術文化の発展に貢献しました。花鳥画や風景画などを描き、特に鯉図を得意とし現代でも多くの人々の目を楽しませています。

このページの目次

2.大山 忠作についての解説

大山忠作は昭和後期から平成にかけて活躍した日本画家です。日展の会長としても知られており、数々の作品を世に送りだしてきました。幼い頃から自然に囲まれた育った忠作は、後の風景画や花鳥画に活かす基礎を学んだと言われています。小学校卒業後に画家の道を 歩むことを決意します。東京美術学校に進学し日本画を基礎から学んでいましが、戦況が悪化。学徒出陣のため繰り上げ卒業をすることとなります。 戦後すぐに筆をとることができなかった忠作ですが、第1回日展を見ると絵画への情熱が再燃。第2回日展で「O先生」が初入選しました。翌年、一采社に参加。精力的に活動をつづけ、多くの秀作を描きました。そして文化功労者、文化勲章を受賞。画家としての地位を不動のものとしました。

3.大山 忠作の歴史

大山忠作は1922年福島県二本松市に生まれました。1943年に東京美術学校を繰り上げ卒業。戦後1947年から山口蓬春に師事。第2回の日展で入選、第8回日展で特選・白寿賞・朝倉賞を受賞しました。1967年には隆寺金堂壁画再現模写へ従事。1973年に日本芸術院賞、1996年に勲三等瑞宝章、2006年に文化勲章を受賞しました。 また1961年から日展会員として、事務局長、理事長、会長を歴任しました。 2009年多臓器不全により永眠。享年86歳でした。

4.大山 忠作の代表作や作者

「五百羅漢」   1972年 「池畦に立つ」  1952年 「月峯」     1990年

5.大山 忠作の買取査定ポイント

大山忠作の真作であるかどうかが重要なポイントです。鑑定書や証明書が有るといいでしょう。また大山忠作の作品はリトグラフや木版画で数多く出回っています。その場合は肉筆画よりも査定額は少なくなってきます。 また保存状態は良いか、箱はあるかなども査定のポイントとなります。
  • 大山忠作本人の作か(証明書や鑑定書はあるか)
  • 保存状態は良好か(箱などがあるか)
  • 大きさはどれくらいか

6.大山 忠作の取引相場価格

大山忠作の掛け軸が市場に出回ること少なくなっています。過去に肉筆画で真贋鑑定がしてある(鑑定書無し)、箱付きのものが約5万円の値がつきました。真作の肉筆画であればこれより高い価格になると思われます。

7.大山 忠作の買取についてのまとめ

日展の会長をつとめ、数々の秀作を生み出してきた大山秀作。特に鯉図が有名ですが、ジャンルにこだわることなく、花鳥画・風景画・宗教画など様々なものを題材としました。数々の賞を受賞した功績から文化功労者と文化勲章を受賞。画家として最高の名誉を手に入れました。しかし決しておごることなく作品を描き続けた姿勢は、他の画家たちに多大な影響を与えたとされています。 高い描写力で描かれた風景画や花鳥画は親しみやすく、現代でも人々を魅了しています。複製でも買い求める方が多いため数万円~十数万の値がついています。また真作の肉筆画であればさらなる高値の可能性があります。