尾崎放哉(おざき ほうさい)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ
1.尾崎放哉の掛け軸作品をお持ちで売りたいお客様へ
尾崎放哉は、自由律俳句のもっとも著名な俳人の一人です。自由律俳句とは、五七五の定型にとらわれず、季語も入れず、感情表現を重視するもので、自由律俳句の賞「放哉賞」は尾崎放哉の名からとっています。著名な尾崎放哉の作品は高値での取引が期待できるといえます。
このページの目次
2.掛け軸作家「尾崎放哉」についての概要
尾崎放哉は、鳥取県出身で父親は裁判所の書記官でした。東京帝国大学法学部を卒業し大企業に就職というエリート出世コースを歩んでいましたが、周囲となじめず辞めてしまいます。1915年 『層雲』12月号に初めて句が掲載され、このころから新傾向俳句機関誌『層雲』に寄稿し、自由律俳句に転向します。
3.掛け軸作家「尾崎放哉」の生い立ちや歴史
尾崎放哉は、明治から大正にかけて自由律俳句のみを追い続けたといっても過言ではない人生を送りました。東京帝国大学法学部を卒業し、大企業に就職して豪奢な生活のエリートコースをすすんでいたにもかかわらず、突然それまでの生活を捨て、無所有を信条とする一燈園に入り、俳句三昧の生活を送ります。京都や神戸などで寺男を転々とし、最後は師の荻原井泉水の紹介で小豆島の西光寺奥の院に寺男として入庵します。小さな庵と海のある場所に住みたいとの希望で、晩年は小豆島で極貧の中で自由律俳句を作り続けました。
4.尾崎放哉の掛け軸作品の代表作一覧
- 咳をしてもひとり
- いれものがない両手でうける
- こんなよい月を一人で見て寝る
- 一人の道が暮れて来た
- 春の山のうしろから烟が出だした
5.尾崎放哉の掛け軸作品の買取査定ポイントのご案内
尾崎放哉は自由律俳句では草分け的存在で著名な俳人です。尾崎放哉の作品は高値での取引が期待できるといえます。高値での取引には本人の作であることが条件ですが、その他にも保存状態の良し悪しなどにより査定価格は大きく変動します。
代表的な掛け軸作品の査定ポイント- 保存状態は良好か(汚れや欠けはないか)
- 素材は何でできているか
- 尾崎放哉の作かどうか(鑑定書などはあるか)
- 作者の署名(銘)はあるか
- 付属品はあるか(箱などはあるか)
6.尾崎放哉の掛け軸作品の取引相場や取引参考価格
尾崎放哉の作品は、インターネットのオークションサイトでは見当たらないので、あまり市場に出回っていないようです。とても希少価値が高いので、高値での取引が見込まれます。
7.尾崎放哉の掛け軸作品の買取についての情報まとめ
自由律俳句は、近年、又吉直樹がコラムニストのせきしろと組んで自由律俳句の著書を出版したり、伊集院光のラジオ番組の中で自由律俳句のコーナーを作るなど芸能人を通して知られてきました。自由律俳句に特化した尾崎放哉の作品は高値での取引が見込まれます。お持ちの方は是非お問い合わせください。
その他の掛け軸について
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