青山堂 枇杷麿(せいざんどう びわまろ)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ

1.青山堂 枇杷麿の掛け軸作品をお持ちで売りたいお客様へ

青山堂枇杷麿は江戸時代後期の狂歌師です。狂歌を読み、教えることを生業としていたため、主な作品は狂歌集となることが予想されます。大田南畝など、江戸時代を代表する狂歌師との親交があったことでも知られ、自身の狂歌集には『枇杷丸一夜ねす百首』『風流水揚帳』などがあります。

このページの目次

2.掛け軸作家「青山堂 枇杷麿」についての概要

青山堂枇杷麿(1773年〜1838年)は、江戸小石川伝通院前の本屋に生まれ、姓は青山と言います。通称は雁金屋(かりがねや)清吉。別号に、枇杷丸、平々山人などがあります。青山堂枇杷麿は、江戸払いを受け狂歌界を離れていた飯盛が狂歌界に復帰し、既存の狂歌グループ「四方側」に対抗して作られた「五側」に属し、当時狂歌三大家と言われた大田南畝とも親交を深くしていました。

3.掛け軸作家「青山堂 枇杷麿」の生い立ちや歴史

青山堂枇杷麿は安永2年となる1773年、江戸に生まれました。天明期を代表し、文人でもあり狂歌師でもあった御家人大田南畝と交遊を深くし、文筆方面でも同氏に深く学ぶこととなります。江戸後期の狂歌師、国学者、戯作者である石川雅望の属する五側に属し、天保9年となる1838年に死去しました。

4.青山堂 枇杷麿の掛け軸作品の代表作一覧

  • 枇杷丸一夜ねす百首
  • 風流水揚帳

5.青山堂 枇杷麿の掛け軸作品の買取査定ポイントのご案内

狂歌師として狂歌集を残したとされる青山堂枇杷麿。狂歌集は日本画と異なり、数も少なく大変貴重なお品となるため、もし青山堂枇杷麿本人による肉筆作品だと判明した作品は高額査定となる可能性もあります。その他には、作品のやけやシミなどができるだけ少ないことが望ましいです。

代表的な掛け軸作品の査定ポイント
  • 作者の署名・落款(らっかん)があるか
  • 青山堂枇杷麿本人の作であるかどうか(証明書・鑑定書があればお持ちください)
  • 保存状態は良好か(シワ・カケなどが多くないか)
  • 付属品は揃っているか(共箱・共布・栞などが残っているか)
  • 素材は何か

6.青山堂 枇杷麿の掛け軸作品の取引相場や取引参考価格

青山堂枇杷麿の作品は、残念ながらあまり市場に出回っていません。代表作品である狂歌集が見つかれば、経年による多少の汚れや傷みがあっても買取は可能です。真作であることを証明できる名前の記載などがあれば高値となる可能性もありますので、青山堂枇杷麿の作品をお持ちでしたら、一度査定に出されてみることをお勧めいたします。

7.青山堂 枇杷麿の掛け軸作品の買取についての情報まとめ

江戸の名だたる狂歌師たちと時代を共にし、自身も狂歌師として劇作を手がけた青山堂枇杷麿。世に出回っている作品は多くなく、しかし一方で見つかった作品の真作が保証できれば高値も十分期待が持てます。もし青山堂枇杷麿の作品をお持ちでしたら、一度ご相談くださいませ。

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