種田山 頭火(たねださん とうか)の掛け軸買取を実施中!【SATEeee掛け軸買取】へ

1.種田山 頭火の掛け軸作品をお持ちで売りたいお客様へ

季語に捉われない自由な俳句、自由律俳句を志したのが種田山頭火です。1911年に発行された俳句の誌「層雲」に携わり、荻原井泉水や尾崎放哉らと共に自由律俳句を世に広めました。自由を愛する大胆な性格が作風にあらわれていて「音はしぐれか」「分け入つても分け入つても青い山」など多くの俳句を残しています。高価買取されることの多い、安定して人気の作家です。

このページの目次

2.掛け軸作家「種田山 頭火」についての概要

種田山頭火は本名が種田正一です。俳句は通常五・七・五の決まり句で作られていますが、種田山頭火の俳句は規定概念を崩す自由律俳句となっています。「父と子」「初恋」を出版したロシアの文豪イワン・ツルゲーネフに感銘を受け、日本語への翻訳を手掛けたこともあります。自由で温かい人柄をそのまま表したような優しい抹茶椀や掛け軸が多く残されていて、多くの収拾家たちに賛同される存在になっています。

3.掛け軸作家「種田山 頭火」の生い立ちや歴史

種田山頭火は明治時代の1882年生まれ、昭和の初めの1940年まで生きた人です。生家は山口県の大地主で、種田山頭火は種田家の長男として生を受けました。1902年に早稲田大学に入学します。1913年には「層雲」に初めて句を投稿します。3年後には層雲の主催者である荻原井泉水に腕が見込まれ、層雲の選者に抜擢されます。1924年には曹洞宗の寺院で得度をおこない、耕畝に名前を変更します。晩年は雲水の姿で山梨や長野を旅し、旅先での風景を句に残しました。

4.種田山 頭火の掛け軸作品の代表作一覧

鉢の子(1932年)
山行水行(1935年)
草木塔(1940年)

5.種田山 頭火の掛け軸作品の買取査定ポイントのご案内

四国のお遍路に出かけたり全国を気ままに旅したり、風の向くまま気の向くまま旅を続けた種田山頭火。旅路に欠かさなかった煙管や煙草ケースなどの骨董品や、旅先で気さくに応じたサインなど、多くの書や骨董を残しています。人気作家のため贋作で無いことが大前提であること、描かれた俳句の良し悪しによって値段が大きく変わります。

代表的な掛け軸作品の査定ポイント
  • 種田山頭火のサインがあるか無いか。
  • 柔らかい丸文字風の書体であるか。
  • 唯一無二の作品であるか。

6.種田山 頭火の掛け軸作品の取引相場や取引参考価格

その知名度の高さから、高価買取されやすい種田山頭火の作品。旅先の想いを書き留めた種田山頭火の書は27cm×24cmの色紙サイズで、およそ12万円の値が付けられています。直径16cm、高さ9cm、重さ325gの抹茶茶碗は桐の箱に入れられた保存状態の良いもので、約10万円で買取されています。見映えのする内容であるほど、さらなる高値が期待されます。

7.種田山 頭火の掛け軸作品の買取についての情報まとめ

自分の思いのまま、自由に生きた種田山頭火。のびやかで丸みのある字体と大らかな俳句は、忙しい現代人の心を和ませてくれるダイナミックな作品ばかりです。種田山頭火の骨董品や和歌を集めている収集家も多いため、買取は他の作家より一段と期待の持てるものとなっています。もし自宅に眠っている骨董品があれば、一度査定をしてみてはいかがでしょうか。

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